世界が平和になりますように あなたが幸せでありますように

この世のごく自然な流れとして、女の子は女性となりやがて母となり、そしてやがて祖母となります。
女という存在は昔から、社会でも障壁の多いものでした。
男性が社会での優位を誇る時代が、世界中で長く続いて来ました。
そのため社会全体は、男性の本能的なものを帯びて、戦闘や粛清などの、強い立場の者が弱い立場を取り仕切る、構造となって来たようです。
女性は体力的に、また社会を組み立てている構造によって、不利な立場に立たされる事が多かったのかも知れません。
しかしながら現代、女性の社会進出がごく自然に行われてきて、やがて何の違和感もなく、社会全体がジェンダーレス(性別で区別しない考え方)の灯火を掲げて行くのでしょう。
それは社会の成熟とみなされていくこともあり、また人によっては昔の、男が男であり女が女であった時代を懐かしむことも、あるかもしれませんし、映画などでこれからの世代の方々は、こんな時代があったのかと仰天する事もあるでしょう。
しかしながらどんな時代になっても、変わらない事があります。
それは子供にとって、母親は自分の魂そのものだということです。
そのお腹の中でおおよそ10ヶ月くらいの時を過ごし、栄養を分け合ってこの世に出てくる赤ちゃんにとって、母親は自分の成長の源でもあります。
ずいぶん昔のことですが、「戦争で兵士が死ぬ時、お母さんと言って亡くなることはあるが、お父さんと言って亡くなることは聞いたことがない、父親とは寂しいものだ」という文章を何処かで読んだ気がします。
子との結びつき方は、父と母では違ってくるのでしょうか。
動物ではライオンなどの大型ネコ科動物やクマなどは、子を連れている母親の発情を促すため、その子どもを殺すという話を聞いたことがあります。
そして昨今、親が子を殺すことがこの世で起こっていることは、まさにこの猛獣の世界で起こっていることに酷似しているような気がします。
愛とは理論や義理とか道徳とかではなくて、「溢れ出る心」、「止めることの出来ない慈しみ」でありたいものです。
血を分けたもの、分けないものに関わらず、相手を自分より先に、自分より大切にしたい気持ちの中に、「ほとばしるような何か」を保てないとすれば、一緒に住むべき者同士ではないと思います。
何故ならそんな人々の同居は、ある日深い溝を生み、やがて弱いものを虐待するような心に、変わっていくように思えるからです。
人生は家族同士の他にも、様々な人間関係の中で成り立っていくものであり、それによって心は変化していくかも知れませんが、自分の取る行動が、相手にとってどんな辛いものであるかは、少し考えれば分かるものだと思えます。
それでも人にとって、それがとても難しいことだから、多くの「耳を塞ぎたくなるような事件」が起こっているのでしょう。
やっと生まれた子を、泣き止まないので叩き殺したり、食べ物を与えず、子供は何か食べたいと思いながらひからびて殺されていき、また冬に冷たい水をかけ息絶えるまでいじめ抜く、地獄の鬼もおののくような話を、新聞紙面やニュースで知らなければならない私達は、一体どんな悪いことをしたからこんな目にあうのでしょうか?
どうして世の中はこんなふうになったのでしょうか?
頭の中に、脳みそでない別のものが入り始めたのでしょうか?
昔から母となる女性には、仏様の光背(後光)が見えると言われています。
子を宿したときから、女性は仏に近い徳をもらい、人生の学びや優しさを知っていく、美しい魂の成長過程をたどり、この世を担って(になって)いくような人を産み出す女性は、神にも似ているかも知れません。
それなのに産んでしまった後、また女に戻り、恋をする権利、自分の人生を物質的精神的に、より豊かにする権利を求めたくなるのは仕方ないとしても、産んだ子はどうするのでしょうか。
新たな男性を見付けて、その男のために、自分が苦しみながらこの世に出した子を邪魔に思うのなら、残念なことであるとしか考えられません。
まだ何の経験もなく、自分で食べていくこともできない子供は、母親がその手を振り払った時、時折悪魔のような風が吹くこの「娑婆(しゃば)」で、どうやって生きていけるのでしょう。
そんな母親がある日「真人間(まにんげん)」に戻ったとき、どうやってその精神をまともに保てるのか、
心配でなりません。
取り返しのつかない「愛情の過ち」は、その心の奥まで侵食して行き、狂うことも許されず、どうやって心穏やかにその人生を終えていけるのでしょうか。
このようなことがあるので、神仏を理解されていらっしゃる方々には、ものの道理を考えない方々がいるのであれば、事あるごとに、それを伝えて行くべき使命があるのだと、私は思います。
画像は毎年実をつけてくれる木瓜(ぼけ)の木です。
今年もたくさん花が咲きそうです。
ということは、沢山実がなるということですね。
嬉しいです。
今日のフィ−リングは、平井大氏の「Stand by me,Stand by you.(スタンド・バイ・ミ―,スタンド・バイ・ユ−)」,ラッセル・ワトソン氏の「恋におちた時」かな
今日も読んで頂けましたことに、心よりの感謝を申し上げます。
心温るような事が、沢山この世に起こりますように、そしてそれを聞いて、幸せな気持ちになれますように、お祈りしております。

